世界3大耐久レースの一つとして知られるスパ・フランコルシャン24時間レース。2025年シーズンは、日本の「GOODSMILE RACING&TEAM UKYO」が3度目となる参戦を果たし話題となった。しかし、このスパ24時間レース、実は、Mercedes-AMGの誕生と現代にまで続くレガシーに大きく関わっているのである。

words : Kazuhiro Nanyo

ドライバー、マシンの限界を超える戦い

モータースポーツ界における24時間耐久レースの特別さは、ドライバーおよびレーシングカーがサーキットで披露する驚異的なスピードや、観るものを圧倒する迫力だけにとどまらない。「24時間」という、生身の人間がもてるパフォーマンスを全開にして競い続ける限界を明らかに超える状況を前に、メーカーやチームとしての戦略はもちろん、マシンセッティング、サポート、不測の事態への対応までをも含めた全方位的な総合力が問われるからである。

“世界3大24時間レース”といえば、1月にアメリカ・フロリダ州で行われるデイトナ、6月初旬のル・マン(フランス)、そして同じく6月の下旬に催されるベルギーのスパ・フランコルシャンを指す。前2者はそれぞれ北米のIMSA(国際モータースポーツ協会)、世界を連戦するWEC(世界耐久選手権)というレースシリーズに組み込まれており、トップカテゴリーに位置付けられるプロトタイプと、市販車ベースのレーシングカー双方で争われる。一方のスパは、「GTワールド・チャレンジ・ヨーロッパ」の一部となっており、市販車ベースのみで競うという伝統を1924年の初回開催から貫いている点で一線を画す。

GOODSMILE RACINGが3度目のスパ参戦

このスパ24時間で、2025年6月、歴史の新たな1ページが刻まれた。「Mercedes-AMG GT 3」を走らせるカスタマーレーシングチームの一角に、日本の「GOODSMILE RACING&TEAM UKYO」が加わったのだ。元F1ドライバーの片山右京氏が率いるGOODSMILE RACINGは、日本のSUPER GT(GT300クラス)にもAMG GT 3でフル参戦しており、開幕戦の岡山でのポールポジションを奪取した好調ぶりは周知の通り。欧州の有力なプライベーターチームらに交じり、2017年、2019年の出走に続いて、日本のチームとしてAMG GT 3で3度目のスパ挑戦を果たしたのである。

自動車メーカーではない企業や個人による独立系のレーシングチーム。

レースは惜しくも20時間を経過した時点でリタイアを余儀なくされたものの、SUPER GTのレギュラードライバーである谷口信輝/片岡龍也のラインナップに、初回参戦の2017年と同様、元F1ドライバーにしてル・マンとデイトナで優勝経験のある小林可夢偉が加わるという布陣が欧州でも大きな注目を集めたことは特筆に値する。

若手エンジニアが立ち上げたAMG

このスパ24時間耐久レースは、メルセデス・ベンツのハイパフォーマンスモデルを開発・製造するAMGブランドを語るうえで外すことのできない特別なレースであり、その歴史的瞬間は今から50年以上前までさかのぼる1971年に訪れた。「Mercedes-Benz 300 SEL 6.8 AMG」が、当時の大方の予想を覆して総合2位・クラス優勝を記録したのである。

1960年代後半、メルセデス・ベンツのテストドライバー兼エンジニアだったエーリヒ・ヴァクセンバーガーは後の「Sクラス」へとつながるセダン(W109)に、当時の最上級モデルだった「Mercedes-Benz 600(W100)」の強大な6.3リッター・V8エンジンを移植するアイデアを思いついた。その目的は、欧州で盛んになる一方だったツーリングカーレースを席巻することにあったのである。しかし、今でこそ即座に信じ難いかもしれないが、当時モータースポーツ活動から距離を置いていたメルセデス・ベンツの経営陣からは賛同を得ることができず、ヴァクセンバーガーが手がけた「Mercedes-Benz 300 SEL 6.3」はマカオ6時間など欧州から遠く離れた地のレースに出走するのみであった。

しかしその後、大きな転換点を迎える。1967年、若手エンジニアたちが創業したばかりのチューニング会社が、300 SEL 6.3にさらなる改良を施し、スパ24時間を目指したのである。これがハンス・ヴェルナー・アウフレヒトとエアハルト・メルヒャーが興した「AMG」の始まりであり、彼らは6.3リッターエンジンを6.8リッターにまで拡大、1970年から始まるツーリングカーの新しいFIAレギュレーションに照準を合わせ、300 SEL 6.8 AMGを開発したのである。

“レッド・ピッグ”がレースを席巻する

1971年のスパ24時間レースに現れた300 SEL 6.8 AMGは、センセーションを巻き起こした。他メーカーの流麗な2ドア・クーペに交じって、4ドア・サルーン然とした重量感、そして真っ赤なボディにメルセデス・ベンツならではのグリルを備える姿は、“異様”ともいえる様相だったからだ。かくしてこのレーシングカーは瞬く間に「レッド・ピッグ(赤い豚)」の愛称で、観客の贔屓となったが、それは外観のユニークさからのみ得られた人気ではない。このレッド・ピッグが、名だたるドライバーたちが操るスポーティなツーリングカーを追い回しては、速いペースでレース展開を牽引し続け、マシンのスピードと走行信頼性の双方で他を凌駕するパフォーマンスを見せつけたからだ。総合2位・クラス優勝というそのリザルトは無論、世界各国で大きく報じられることとなった。

以後、アウフレヒトとメルヒャーが手塩にかけたAMGの哲学と手法は、レーシングカーに限らず、ロードカーにも受け継がれ、発展的合併によってここ25年、メルセデス・ベンツのハイパフォーマンス&ラグジュアリーを専門に扱う大きな柱となっている。

現在、「One Man, One Engine」として知られる、エンジン1基の組み上げに対して1人のマイスターが全責任をもつという制度は、「Mercedes-Benz 600リムジーネ(=ドイツ語でセダンの意味)」に搭載されたM100ユニットこと自然吸気の6.3リッター・V8エンジンを、6.8リッターにチューンナップしたレガシーから始まった。この「One Man, One Engine」とは、1人の熟練エンジニアが、4気筒および8気筒エンジンのクランクシャフト取り付けから、カムシャフト組み立て、配線、エンジンオイルの充填に至るまでの全工程を手作業で行うAMGならではの哲学であり、その証としてエンジンバッジには担当したエンジニアの署名が刻まれている。

クルマの心臓部とは、大胆さと繊細さをあわせもつ手仕事によって仕上げられるからこそ、心を震わせるほどのパフォーマンスを発揮するのである。

Mercedes-AMGのラインナップは現在、「E53」に代表される最新鋭のサルーンを筆頭に、「SL」「Gクラス」、そしてGT3車両のベースである「GT」に至るまで拡大している。特別にラグジュアリーなモデルを、さらなるハイパフォーマンスで輝かせるAMG――。その伝統は現在まで確実に受け継がれ、また未来へとさらなる進化を遂げ、継承されていくのである。

Mercedes-AMGとは

自動車界における最高性能の象徴であり、半世紀以上にわたって唯一無二のドライビングプレジャーを提供し続けてきたMercedes-AMG。ひと目でそれと分かる特徴的なエンブレムには、AMG創業の地であるアファルターバッハの「川」と「リンゴの木」、エンジン開発の卓越した技術力を表現する「カムシャフト」と「バルブ」、さらにはモーターレースにおける覇者としての存在を象徴する「月桂樹」がデザインされている。

※ 車両の仕様・装備は、撮影時点の仕様であり、日本仕様と異なる場合があります。