メルセデスの歴史は、極限の「速さ」と究極の「安全」という、相反する要素を融合していく歴史でもある。特に、モータースポーツ史において、1934年の出来事は今も伝説として語り継がれている。ニュルブルクリンク(ドイツ)のサーキットで開催されたレースにおいて、新型車「W25」が1kgの重量超過と判断された際、チーム監督のアルフレート・ノイバウアーは塗装をすべて剥ぎ落とすという奇策に出た。剥き出しになったアルミニウムのボディが銀色に輝きながら疾走したことから、その後、メルセデスのレースカーを表現する「シルバーアロー(銀の矢)」の異名が誕生したのである。この伝説は1955年のミッレミリア(イタリアの公道自動車レース)へと続き、イギリス人ドライバー、スターリング・モスは「300 SLR」を駆り、イタリアの公道1,000マイル(約1,600km)を平均時速157kmという脅威の速度で走破した。
そして現代、メルセデスのDNAはF1の世界で結実する。2014年に投入された「F1 W05 Hybrid」を皮切りに、Mercedes-AMG PETRONAS F1チームは卓越した技術的優位性を発揮し、ルイス・ハミルトンという稀代のドライバーと共に、2014年~2021年にかけて前人未到のコンストラクターズタイトル8連覇を達成、メルセデスのエンジニアリングが最頂点にあることを証明したのである。
しかし、メルセデスの真の革新性は安全性能の飽くなき追求にある。1939年にはすでに自動車の安全性を研究する専門部門を発足させ、ここでの研究を通じて、衝撃吸収構造(クラッシャブルゾーン)* を備えたシャーシの開発に着手。1959年からは完成車を用いた衝突テストを開始し、現在では年間最大900回にも及ぶ、シビアな安全性の検証を行っている。さらには、これまで5,000件以上の実際の事故車両を徹底分析し、そこから得られたデータも技術開発へとフィードバックしている。
* 衝突時に車体を意図的に変形させて衝撃を吸収する技術で、天才エンジニアと謳われたベラ・バレニーが開発し、特許を取得。メルセデス・ベンツの衝突安全設計の礎を築いた。
この徹底した実証主義が、ABSの量産化、横滑り防止装置(ESP)、SRSエアバッグといった数々の発明を生み出したのである。事故を未然に防ぐ「アクティブセーフティ」と、衝突時の被害を軽減する「パッシブセーフティ」。この双方を包括的にカバーする思想こそ、メルセデスが選ばれ続ける理由といえるだろう。