Netflixの大ヒットドラマ『First Love 初恋』の脚本・監督を務めた寒竹ゆりが、「Mercedes-Benz C-Class」をテーマに短編小説を書き下ろし!朗読は、芸人でありながらマルチに活躍するヒコロヒー。前編から10年の時が経過し、安曇ちとせと成瀬きく乃の人生が再び“交差”する。
※本短編小説は、音声コンテンツとしてもお楽しみいただけます。
words: Yuri Kanchiku
narration: hiccorohee
visual: Asa Hiramatsu
二〇二五年盛夏
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黒曜石(オブシディアン)と名付けられた、その幾重にも重なる塗料に目を凝らす。黒曜石は、マグマが急速に冷却されることで生成される火山岩で、光を受けると内部に堆積されたいくつもの層が立ち現れる。車のボディにも耐久性のための機能とうつくしさ、その両義的な層が潜んでいる。黒はもっとも本質的な色だ。ほとんど漆黒に見える黒も、近づくと夜明け前のような蒼黒や微細なパールが綾をなすのが見て取れる。それから少し距離を置き、彫刻家が形状を拾うように、オブジェクトが生み出す陰翳と線とを観察する。歩きながら車を視ると、移動とともに光が移り変わり、色沢がリズムを刻む。奇をてらわない正統派の面構成ながら、フロントからリアに向かって連続的に上昇する“キャットウォークライン” が、ダイナミックな動勢を感じさせる。インテリアトリムに触れて、木材の質感を確かめる。デザインの意図やフィロソフィー、エンジニアの情熱に想いを馳せてみる。車の背景にあるその国の歴史や地理や自然環境などを手がかりに、物言わぬ被写体から普遍性を読み解く。
「上手逆目、四十五度から十八キロHMIをサイドミラーセンターで打って。当たり際はハーフスクリームでぼかしといて」 成瀬きく乃がライティングプランの指示を出すと、臨戦態勢の助手たちが一斉にそれぞれの持ち場へ動き出す。この日の被写体はほかならぬ、Mercerdes-Benz C-Class だ。
イグニッションスイッチを押すと、静かにエンジンが始動する。メーターディスプレイに優雅に浮かび上がるスリーポインテッドスター。清新な朝のはじまりに、エンジンをふかさなくていいのがうれしい。淹れたてのコーヒーの香りに包まれ、上質な本革のシートに身を委ねる安曇ちとせ。明け方から降り続ける雨がフロントガラスを不規則に打つ。夫と子どもを送り、役割と日常のあらゆる社会的な領域──トイレットペーパーの補充や、予防接種の予約、体操着袋やお道具箱の名前書き──などから少しずつ自分を解放すると、自らの“役” へと移行する。眠っていた五感が少しずつ目を醒ます。そのゆるやかなグラデーションの時間がなにより大切だ。ひとときのブレイクののち、「ハイ、メルセデス」 と呼びかけてナビゲーションに行き先を告げる。3Dサラウンドスピーカーから Nils Frahm の奥深いピアノの音色が流れる。アクセルを軽く踏み込むと、電気モーターからエンジンへ滑らかにシフトし、低速域から気持ちよく加速する。住宅街の細い路地から外苑西通りを抜けると、コンフォートモードからスポーツモードへと切り替える。車は首都高へ滑り込む。
初めてドラマシリーズの準主役に抜擢された年の暮れ、人生最大の買い物をした。Mercedes-Benz C-Class セダン、自分にとって特別な車だ。セダンの中でもとりわけ王道で飽きのこないFRセダンデザイン、乗り味は上品で、それでいてスポーティーな愉しさもある。人気のSUVにちょっと惹かれもしたが、都心に居を構えている以上、子どもの送り迎えや、マンションの狭い立体駐車場にも収まる取り回しの良さといった現実問題は、捨て置けない必須条件だった。そしてなにより、セダンが似合うフォーマルな女性でありたいという、自分へのちょっとした発奮でもあった。以来、ここが自分だけの部屋となる。
運転しながら、ちとせは翌週から始まる新作の撮影に向けて台詞の練習に集中した。まだ若い新進監督の初長篇映画で、単館上映の小規模作品だが、前々から彼のセンスに一目置いていたちとせはオファーを快諾した。都会を捨て、たったひとり奥会津の小さな村で苧麻(ちょま)と呼ばれる植物を育てて機織りをする女性、それがちとせに与えられた新しい人格だ。役を生きるため、自らハンドルを握って生産地へ何度も赴いた。主人公が嗅ぐ焼畑の煙を、刈取り後の湧水の冷涼さを、地機(じばた)織りの「トントン、カラリ」と鳴る小気味よい響きを、肌に浴びて躰に染み込ませる。
車のコックピットは自分の声が一番よく聴こえる気がする。低くて少し通りの悪い声も読み癖も、役者として決して褒められたものではない。それでも、持っているもので勝負するしかない。バックミラーに映る相変わらず浅黒い肌も、厳しい自然と対峙する職人という役にはかえって好都合ではないか。ちとせはふと、これまでに選び取った人生と、選ばなかったそれとを思う。結婚、不妊治療と出産、それによって失ったいくつかのキャリア、絶対的な存在、他者への献身と自己犠牲、自由な時間、生まれ持った苗字、重力に逆らえなくなったお尻‥‥ちとせはちいさく微笑って首を振り、もう一度、頭から台詞を暗誦した。
スタジオの重い鉄扉を開けると、湿り気を帯びた生ぬるい空気が吹き込んだ。きく乃が煙草を吸いに表の喫煙スペースへ行くと、折からの雨が強さを増していた。国道の中央分離帯で、排気ガスに晒されながら咲く夾竹桃(きょうちくとう)の花が濡れている。朝から晩まで窓のないスタジオにいると、時々、季節や天気の感覚が抜け落ちる。若い頃、先輩から「いつか光が見える時が来る」と云われた、その言葉がふと思い出される。その時は、云われている意味がさっぱりわからなかったけれど。煙をゆっくりと吐きながら、パーキングエリアに停めた愛車を眺める。Mercedes-Benz C-Class ステーションワゴン、つくづくいい車だなと思う。職業柄、ライトスタンドやレフ板も積める大容量のラゲッジスペースと、地方ロケへのロングドライヴでも疲れない走行性能が不可欠だった。 “あの夏”からずっと心の片隅にあって、乗ったら好きになってしまうのを承知で試乗して、やっぱり好きになった。独立したての当時の自分にはちょっと背伸びだったけど、自分の好きには抗えなかった。推しのバンドはとうに解散し、自分をこの仕事に駆り立てたそもそもの動機はなくなった。(ボーカルは現在、妻と三人の子どもに囲まれて自家焙煎が自慢のカフェを営んでいるらしい。“音楽性の違い”で辞めたくせに)あれから何人かの恋人と交際し、だいたい車検のペースくらいでいつも別れが訪れた。大好きだった恋人にカレー屋で捨てられたり、浮気した男を追い出したり、数え切れないほどの失態と恥をかいたりもした。だが、恋人がいてもいなくても変わらないのはローンがあと二十七回、既に七万キロを難なく走破し想像以上のコスパを発揮する、この車と一緒にいるためになら頑張れる自分も悪くないなと思う。
向かいの道を、若いカップルがボーイフレンドの上着で雨を防ぎ、笑いながら駆けて行った。若いうちはやはり、たとえ傘が無くても恋人に会うべきなのだ。カメラの後ろ側の想像は自由だ。どんな主人公が誰とどこへ向かうのか?ボンネットに映り込む景色は?傘はあるのか無いのか?その日の主人公は決まっていた。「きく乃さん、ベース組めたんで、確認お願いします」チーフ助手の奈良橋がきく乃を呼びに来た。「フットめから暗部おさえておきます?なるべくおこしてあげた方がいいですよね?」と、奈良橋が小声で訊ねる。彼はきく乃が知る限り、もっとも気のまわる男だ。タレントが若くない、とりわけ女性の場合、大抵は明るめの光を柔らかく拡散させて、皺やたるみを目立たなくして欲しいと要望される。硬く直進性のある光は、シャドウがシャープに出るためだ。最近は画像の修正技術もめざましく、レタッチャーと呼ばれる専門スタッフがモニター脇に伏兵のように構え、ご丁寧に撮ったそばから皺もシミも隈もなかったことにしてくれる。もちろん、被写体が望むのならそうすればいいが、たぶんあのひとはそれを良しとしないだろう。
「大丈夫、彼女の肌、艶があって硬い光でもいけるから」と答え、煙草の火を消すきく乃。「スキントーンはオークルだから、ほんの少し補色方向のシアンを帯で入れよう」「わかりました」と言って、奈良橋は足早にスタジオへ戻って行った。ひらめきを信じ、自分が見つけた彼女固有のスペシャリティを増幅してあげたい。一週間悩んで出した、これがきく乃が考える、安曇ちとせという被写体のための最善の光だった。
ヘアメイクを終えたちとせがスタジオへやって来た。スタンドインの女性に丁重に頭を下げ、立ち位置を交代する。まだ学生とおぼしき彼女は、そそくさと立ち去りながら振り返り、羨望の眼(まなこ)でちとせを見つめた。たくさんのライトに囲まれ Mercedes-Benz C-Class の前に立つちとせ。フォトグラファーの意図を即座に汲み、ポーズを取る。歳を重ね、成熟した奥深さを備えた安曇ちとせは、この上なくうつくしかった。昔と変わらぬ涙の多い瞳は優しさを湛え、真っ直ぐに伸びた逞しい背中は自信と彼女の生き様を物語っていた。きく乃はファインダーを覗き、この光が誤りでなかったことを確信した。何より、シンプルに被写体がきれいになってゆくことに、きく乃は無上の喜びを感じていた。その時、助手のひとりが足場のどこかから声を上げた。「きく乃さん、おさえのライトまんまでいいですか?」助手の声にきく乃が応える。ちとせは「あ」と思う。彼女はその名前にたしかに聞き憶えがあった。まさかと思い、声の方向に視線を巡らせる。だが、強い光量との落差で周囲は暗く、“キクノ”の姿は見えない────。
十年前の夏、一筋のライトがちとせの背中を押した。鳴かず飛ばずだった売れない女優に射し込む光芒。それが最初、 自分に向けられた光だとは俄には信じられなかった。目を凝らし、眩い逆光線の射す天井方向を見上げた。だが、強力な光源の背景には無論、真っ暗な闇が垂れていた。暗い海を航海する船乗りたちに、灯台が航路を示すように、その光はちとせにそっとシグナルを出していた。この光はたしかに自分を照らしている──その確信が、ちとせの心を強くした。
「あの‥‥スイマセン!」ちとせは、なけなしの勇気を振り絞ってフォトグラファーに駆け寄り、自分の名前を告げた。二重の上から、手元のフレネルライトの照射範囲を可能な限り絞って、必死にちとせにスポットを当てるきく乃。
「おい!キクノ!何やってンだよ!」すかさず四方から怒声が飛ぶ。
「スイマセン!」
「早く消せよバカヤロー!」
「スイマセーン!」
「だーから消せっての!」
きく乃はかつてないほど罵られながら、光の矛先の奇跡を見つめ続けた。光を受けた安曇ちとせは、キラキラと輝いていた。見えるということは、光がそこに当たっているということだ。それ自体では光を発することのない名もなき花は、光の反射を受けて初めて“花”として人々の目に認識される。足りてなかったのは“自信”だけだった。
あの日、きく乃は「光が見える」という感覚を、初めて捉えた気がした。
撮影が終わり、きく乃は心地よい疲労感に包まれながら一服した。いつの間にか雨は上がり、濡れた路面に爽やかな微風が吹き抜けてゆく。西の空にはうっすらと闇が滲んでいる。樹々から垂れる雫を斜陽が照らしている。夾竹桃の赤桃色と夏の終わり際の空が、水溜りに鮮やかなコントラストをなして反射している。我々が見ていようがいまいが、そのような光の奇跡は毎日どこかで密やかに、確実に起こり続けている。きく乃はそれらをできるかぎり、見逃したくないと思った。
Fin
前編はこちら
C-Class Sedan
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C-Class Stationwagon
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寒竹ゆり
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ヒコロヒー
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平松麻
https://www.asahiramatsu.com/
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※ 車両の仕様・装備は、撮影時点の仕様であり、日本仕様と異なる場合があります。